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3件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

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1951-12-12 第13回国会 参議院 法務委員会戦争犯罪人に対する法的処置に関する小委員会 第1号

参考人吉村三郎君) 私は只今委員長から御紹介にあずかりました吉村であります。連絡局調査課長と紹介されましたですが、実は十二月一日附を以ちまして外務省機構改革の結果、私は国際協力局局附になりまして、現在は本件に関する正式な担当者でなくなつたのであります。併しながら外務省の外局としての終戰連絡事務局当時より今回の改組の時期まで、或いは戰争裁判課長或いは連絡局調査課長としまして、戰犯裁判に関連する

吉村又三郎

1951-02-09 第10回国会 衆議院 海外同胞引揚に関する特別委員会 第4号

吉村説明員 一番新しい私の方の集計によりますると、二月一日現在で集計いたしましたところ、フイリピンには現在百二十八名、そのうち判決のきまつた既決の方は百二十名、未決が八名、これは未決というのは正確ではないのでありまして、不起訴が五名、それから逃亡しておりました者が投降しまして、フイリピン政府の圏内に入つて、尋問の上何ともないというので帰ります三名。八名未決と申しました八名の内訳がそうなつております

吉村又三郎

1951-02-09 第10回国会 衆議院 海外同胞引揚に関する特別委員会 第4号

吉村説明員 ただいま池見委員の申されたことは、非常に意味の深い、そうして非常にむずかしい関連を含む問題でありまして、私は終戦以来、ほかの役所と違いまして全然職をかえることなく、足かけ六年戦犯裁判連絡及びその他付随の事務を担当して参つたのでありまして、朝な夕なこの問題を検討して来ておるのであります。その意味におきまして、私は当面日本側責任者であります。で戦争裁判ポツダム宣言受諾の結果行われました

吉村又三郎

1951-02-02 第10回国会 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第3号

説明員吉村三郎君) フイリピンマニラであります。マニラに百二十八名おります。この百二十八名のうち、八名は近く帰つて参ります。これは帰つて参りますというのは、不起訴の人が五名と、戦犯ではないのでありますが、今まで逃げておりましたのが、投降して来た者が三名おりまして、それでその人がいわば捕虜でありますが、捕虜なんでしようね、投降して……、それが三名、で、このフイリピンの数字百二十八名は、すぐに百二十名

吉村又三郎

1951-02-02 第10回国会 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第3号

説明員吉村三郎君) 今委員長の申されました、外地に抑留されております我がほうの戰犯者内地服役の問題に関しましては、政府としましては過去五年間、極めて愼重にねばり強く、根気よく努力して参りまして、その結果、中国関係戰犯者は、当時の蒋介石国民政府首班のイニシアテイブによりまして、先ず第一番に内地服役が実現したのであります。続きましてオランダ政府が、インドネシア地域にある戦犯者内地へ送還しまして

吉村又三郎

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